朔夜の夏祭 3  



「わーっ、すごい似合うじゃない!」
「犬のにーちゃん、似合ってるよ!」
「そうでしょ、そうでしょ。ママの見立ても捨てたもんじゃないでしょう?(にこにこ)」
「ほうほう、よう 似合っとるぞ! ま、若い頃の儂には負けるがの〜。ほほほ」
「………」

せっかく祭りに行くのならば、浴衣を着ていけば?、という母の提案に、かごめは、一も二もなく賛成した。犬夜叉の緋の衣では流石に外に出歩くのは不味いと考えていたからだ。
この時、不本意ながら当人の意志は無視されることとなる。
少年は口では粗暴なものの、何処か押しには弱い一面があり、かごめの母の柔らかな口調と、のほほんとした独特のペースに、常の自分を崩されまくっていた。
着替えなど面倒だから不要だと言っても、せっかくのお祭りだし貴方にちょうどいい浴衣があるのよ、と笑顔で躱され、挙げ句、「ほらぴったりでしょう?」、と衣を用意万端に整えられた日には…。
それを嫌だとつっぱねる事など、この御婦人の笑顔の前ではどんな人間だって出来ようはずもない。
手渡された衣は、常に纏っている緋のそれと違い、彼にしてみれば酷く頼りない印象を覚えた。が、生地自体はしっかりとした品である事は、触れた布の感触で分かった。
「着方は分かるわね。そっちの部屋を使ってくれていいから。着替え終わったら教えてちょうだいね」
「お、おい…っ」
ぴしゃん。
軽い音をたてて、襖は閉じられた。
犬夜叉は、渋々渡された衣に袖を通し、なにやってんだ 俺…、と内心ぶちぶちと愚痴を垂れながら装束をあらためる。常とは違う軽装に、どこか心もとなさを感じつつ、すらりと襖を開ける。
――と、待ち構えていた日暮家の家人が四種四様の声をあげた。
それが、冒頭の歓声である。

開いた襖に待ち構えていた興味津々なかごめ達に、犬夜叉は一瞬びくりとしながらも、どうしてこうもかごめの家のやつらは反応が同じなんだ、と内心で愚痴を零す。
そんな彼の思いとは裏腹に、少年の出で立ちは、いつも目に眩しいまでの鮮やかな緋色と違い、落ち着いた藍の生地に涼しげな縦縞が施された衣を纏っていた。
それを、一見黒と見まごう濃紺の帯できりりと絞めた立ち姿は、はっきり言って、格好良い。思いのほか似合う犬夜叉の浴衣姿に、かごめも至極満足そうに、まるで自分の事のように嬉しくなる。
これからの祭も楽しみだが、こうして一緒に犬夜叉と祭に行ける事が嬉しくて、くふふふ、と頬を緩めていると、両肩をがしっと掴まれた。
振り返ると、ママがこちらを見ている。
「さあ、かごめも用意するわよっ!」
「へ?」
自分は着替えるつもりのなかった為、なんとも間の抜けた返答を返す娘に、母はにこりと笑いながら、かごめの背を奥の間に押す。
「ちょ、ちょっと。ママ!?」
「せっかくなんだから、二人とも浴衣にしちゃいなさい♪」
「えっえっ?」
「かごめに似合いそうな可愛い浴衣があるの。 ママ、絶対似合うと思って思わず買っちゃったのよね〜!」
「………一体いつの間に…」
「だって、ほら。娘を生んだ楽しみの一つでしょ?」
浮き浮きと、娘を着飾るのを楽しそうに話す母に、かごめが抵抗出来ようはずも無く。
「ごめんなさい、犬夜叉くん。かごめが用意するまで、ちょっとだけ待っててやってね」
「ママ!」
っとにもう、強引なんだから。
と内心で零しつつも、浴衣を着るのは嬉しくもあったので、口早に少年に謝った。
「ごめん、犬夜叉。すぐ支度するから、居間で待ってて!」
そう言い放つと急いだように、ぴしゃり、と襖が閉じられる。
「にーちゃん、いつまでいるつもり?」
びくう!
犬夜叉にしてみれば、先の日暮家の母娘の会話の応酬に、ただあっけにとられただけだったのだが、確かにこの場に立ちっぱなしというのは些か不味い。その気があるないに関わらず、かごめは向こうで身支度の最中なわけで……。
瞬間、少年はくるりと襖に背を向けて、どすどすと床を鳴らして居間へと向かった。
「あ、待ってよ〜。犬のにーちゃん!」
黒髪の少年の後を、草太の小さい体が追いかける。
そんな彼等の様子を廊下の隅で見守っていたブヨ(日暮家の飼い猫)は、眠そうに一声鳴くと、とたとたと重い足取りで、彼等の後に続いた。
    




BACK   NEXT