朔夜の夏祭 2  



  「ごちそうさまでした〜!」
「…さてと。後片づけは私がするね。ママはゆっくりしてていいよ」
カチャカチャとお茶碗などを台所へと運ぶ娘の言葉に、母はにっこりとしながらも、声をかける。
「ありがとう、かごめ。でも今日はいいわよ、それよりもせっかくなんだから、犬夜叉くんと一緒に出掛けてきたら?」
「…え…?」
母の意外な提案に、かごめが目をきょとんとさせていると、確かめるように弟の草太が姉に問いかける。
「姉ちゃん、今日お祭りだよ。覚えてる?」
「…お祭り……。 あっ、そういえば!!」
「(その様子じゃ)覚えてなかったんだね…」
途端に、かごめは目を生き生きとさせる。
確かに言われてみれば、この時期は毎年恒例の夏祭りの日。
暫く向こう(戦国の世)にいたものだから、すこんと忘れ果てていたけれど。いつも、この日ばかりは「お祭りだからと」母にもらったお小遣いを手に、友人達と連れ立ってうきうきと屋台の出し物等を見に社の下にある祭り会場へと繰り出す。そして、普段とは違う祭り独自の高揚感を感じながら、見世物を見遣ったり、屋台のたこ焼きやかき氷などで小腹を満たして、夜空に打ち上がる花火を愛でるのだ。
「やだっ、すっかり忘れてた!」
かごめは幼い頃から屋台がでれば必ず買うものが一つある。
赤い果実に、これまた赤い染料で鮮やかな紅を染めて煮溶かした飴に包まれた菓子。
いわゆる林檎飴だ。
今は赤のみならず青い飴で包まれたそれや、異なる果実の苺飴、なんてものまで色々ある。しかし、かごめは昔ながらの艶やかな光沢を放つ、あの赤い林檎飴が殊の外お気に入りであった。
祭りの喧噪の中、屋台の提灯に照らされ、時折光沢を放つ甘い飴菓子。
子供の頃は、それさえ買って貰えれば、彼女はそれこそ上機嫌でにこにこと笑顔が絶えないものだった。
そう、かごめがまだ5〜6歳くらいの頃、一度、その大きな飴菓子を口いっぱい頬張ろうとして、手に力を入れすぎたあげく、根元から割り箸をぽっきりと折ってしまい、ほとんど口にしないまま地面に落として半泣きになった思い出もあるが、それはまた別の話。
とにかく。
子供の頃から大好きな、お祭りの屋台でしか買えない飴菓子。戦国と現代を行き来しての生活で忙しくて、すっかりと記憶から祭りの存在は抜け落ちてしまっていたけれど。
よもや今日がその日だったとはーー

うずうず。

どうしよう…、物凄く行きたい。
夏祭りに行きたい。
林檎飴が欲しいっ!
(*どちらか言うと、祭りよりもかごめにとってはこちらがメインのようだ。>笑)

それに、今日だったら朔の日だもの。
犬夜叉と一緒に外を出歩いてもぜんぜんおかしくない。
あの目立つ緋の衣さえなんとかすれば、黒い髪に黒い目。
どこからどう見ても普通の男の子(のはず)!
かごめはくるりと振り向き、犬夜叉に向かって嬉しそうに声を弾ませた。
「犬夜叉、一緒にっ…」
「俺はいい」
かごめが最後まで言い終える前に、素っ気ないーもうそれは実に愛想のひと欠片もないー彼の返答が耳に届いた。その言葉は、せっかくうきうきと弾んでいた少女の気持ちを追い落とすには十分の返事。しかし、それでも少女はめげずに、もう一度誘いの言葉を紡ぐ。
「ね、そんな事言わずに、行こ?」
そうよ。
一緒に夏祭りに行けるなんて、せっかくのチャンスなんだから。これをむざむざと逃す手はないと思い、かごめは少年に祭りに行こうと必死に促すが。
「……お前一人で行ってくればいい。俺は行かねえ」
けんもほろろ、な状態とはこの事か。
彼のかたくなな態度に、かごめはちょっとむっとする。
そりゃあ、朔の日はあまり良い思い出ないから不機嫌かもしれないけど。人込みや騒々しい場所など苦手な彼にとっては迷惑かもしれないけど。自分にとって無意味な行動は嫌いな彼にはすんごく厭かもしれないけれど。
あ。
考えれば考えるほど、自分の我侭なんだと、痛いほどに思い知る。
分かっている、それは十分に承知してる。
それでも、好きな人と一緒に何処かに行けることに一喜一憂する、この乙女心。
ちょっとくらい察してくれてもいいのに。
いいよ、って頷いてくれるだけでいいのに。
じろり、と少女は恨めしげな一瞥を彼に向ける。が、その反面で、仕方ないか、という思いもあった。
…弥勒様じゃあるまいし、期待するだけ無駄か。
犬夜叉、その辺の機微に聡いわけないもんね。
一緒に祭りに行けたらどんなにか楽しいだろう、と。
そう一瞬でも夢見たあたしが馬鹿だった。ほんとは一緒に行きたかったけど、どうもその望みは捨てたほうが良さげな雰囲気が濃厚だ。
はあああ。
どうしよう…、一人でちょっとだけ楽しんですぐに戻って来る?(飴菓子のために。)
いやいや、せっかく彼がいるのに置いてけぼりになんかしたくない。
せっかく一緒に過ごせるのに。……いっそ、強引にでも連れて行ってしまおうか?
でも本気で嫌がられたら、お祭りそのものを楽しむことなんて到底出来ない。第一、自分一人だけで楽しむのは、なんだか気が重い。
うーん。一緒に行けないのなら、今年は見に行くのはやめちゃおうかな。でも、でもでもでも、林檎飴〜!(泣)
さっきから顔で百面相をしている姉(注:彼女もしたくてしているのではない。)を横目に、草太は隣に座す少年を見上げ、心に思ったままを彼に問うた。
「どーして行かないの?」
言外に、なんで?、というのがありありと分かるその声音。
「どーしてって…、別にいいだろ。」
そう問われた回答としては、ただ騒々しいことには首を突っ込みたくないとか。面倒くさそうだから厭だとか。こんな無様な様(と本人は思っている)を人目に晒すのが嫌なのだとか。そういう理由なのであるが、犬夜叉はそれを一々口に出すのは億劫そうに誤魔化した。
そんなわが子ムム日暮家の息子と娘ムムを、にこにこと見守っていた母が、無意識ながらも犬夜叉に致命打を与える。娘は祭に行くものと疑わないこの御婦人は、どこかのほほんと和むような口調でこう言った。
「夜に女の子一人行かせるのは危ないんだけど…。うちの周りはちょっと遅くなると、人気がないものねえ? 」
さり気なく零した御婦人の言葉に、犬夜叉の頬がぴくりと引きつる。
「最近、ご近所もちょっと物騒らしいの。ママも少し心配なんだけど。犬夜叉くん、どうしても(一緒に行くのは)駄目かしら?」
物騒、という言葉に犬夜叉の肩がびくりと揺れる。
言外に、危ないということを示唆されて、それで心穏やかにかごめを祭とやらに送り出させるわけが無いのを、この御婦人は分かって言っているのだろうか。
…絶対分かって云ってるような気した。
それでも、そこで直ぐに「応」と返事を出すのが癪に思えて、犬夜叉はだんまりを決め込む。が、それは長くは続かなかった。
けっと、小さく舌打ちを鳴らし、不機嫌さを隠すことなく、頭をがりりと掻いた後、ぼそりと一言。
「…行けばいいんだろが」
その言葉に、かごめの表情が途端にぱああっと明るくなる。
「ありがとっ、犬夜叉!」
「助かるわ、犬夜叉くんv」
「わーい、犬のにいちゃんも一緒だ〜っ!」
「みやげは鯛焼きを頼むぞ♪」
「……けっ」
    




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