48熱(fever)




「おい。」
唐突に投げられた呼びかけ。
列の後ろを歩いていた少女が、下方に向けていた視線を上げると、其処にはいつにも増して無愛想な少年の顔が映る。
「………なに?…」
「なに、じゃねえだろ」
どこか険を含んだような声色に、共に道を往く仲間――錫杖を手にした有髪の法師と、くの字を模した戦闘具を背に担いだ退治屋の娘と、狐の子妖怪と、一見子猫にしか見えぬ猫又――もすわ何事かと振り返る。先頭を往っていたはずの半妖の少年は、不意に歩みを止めたかと思うと、いきなり後方の少女の前に立った。その顔に、ひどい渋面を浮かべて。
(なにをそんなに怒ってるの?)
少女はそう思うのだけれど、とんと理由が思い浮かばない。少なくとも、ここ数日で彼女は彼の機嫌を損ねるようなことはしていないはずだ。
「犬夜叉…?」
少女の口から零れる彼の名。
いつもは張りのあるその声には、どこか元気が無い。すこし喉にひっかかるような声音に、獣耳がぴくんと揺れた。彼の大きな手が伸びる。
「…っ!」
いきなりの、彼の予想だにしない行動に彼女が息をのむ。
そんな彼女にはおかまいなしに、彼は少女の額に触れた。その箇所は平時に比べると、幾分か余分に熱を持っているようだ。よくよく注意して見れば、少女の呼気も常より少し早いようだし、頬も赤みが差している。なにより彼女の目は熱を持って潤んでいた。それに気付いて彼は内心、舌打ちを鳴らす。それは、彼女の不調に気付かなかった自身に対する腑甲斐無さと、こんなになるまで一言も口にださず我慢したであろう彼女に対してと、恐らくはその両方に憤りをおぼえたせいだろう。なので、自然と口調も荒くなる。
「莫迦野郎!」
吃驚するような怒声が降ったかと思えば、ぎろりと不機嫌も露に、彼は彼女をまるで荷物かなにかのように、ひょいと抱え上げた。
「ちょっ…なにするの…っ!」
急に視界が高くなり体の平衡感覚が崩れる。さっきまでじわじわと感じていた頭痛とあわせて、くらりと目眩がした。
たいした事はないと思って放置していた頭痛はだが、一向におさまる気配がなく、自分でも少し不味いな…とは思いはじめていたのだ。かごめは、しまった、と心の中で呟く。恐らくは過度の疲労の蓄積がその要因なのだろうが。

(不味い。気付かれる…!)

仲間のみんなに心配をかけまい。
足手まといにはなるまい。
そう散々気を張っていたのがふつりと切れる。
視界が急に暗くなり、意識が途切れる直前、かごめは背に少年の太い腕の感触を感じたような気がした。





気が付くと、まず最初に天井が見えた。
ううんと首を巡らせて、自分の上に掛けられた衣の存在に気が付く。
見慣れた衣だ。いつも彼が着ている目にも鮮やかな緋の上衣。犬夜叉の匂いがただようその衣に身を包まれて、かごめはゆっくりと起き上がろうとした。しかく、ぐいと急に肩先を掴まれ、寝床に強制的に戻される。
「寝てろ」
肩に感じる大きな手。そこから伝わる熱。
ぶっきらぼうで、どこか尊大な感じのするこの口調は、かごめもよく知った人もの。
「…犬夜叉?」
「……いいから、おとなしく寝てろ。」
彼の言葉に、かごめは無理に起きるのは諦めた。
なぜなら、体力勝負で彼に勝てる相手など、人間でも妖怪でもほとんど居ないだろうし、よしんば居たとしても自分がその中に含まれるとは到底思えなかったので。
ほの暗い視界の中、まわりをゆっくりと見渡すと、仲間の姿が無いことに気がつく。
「……みんなは?」
「余所の場所に居る。病人は静かなとこのほうがいいだろう、とよ。…けど、んなこたあどうでもいい。」
そう告げると、彼の金色の目が少女をじろりと睨む。
「……なんで言わなかった。」
なにを、と答えかけて、かごめは彼が酷く機嫌が悪いのに気が付いた。
なにを言わなかったかとは、おそらくは自分が倒れたことを指しているのだろう。
体調が思わしくなかったのは事実だし、それを言わなかったのは、ひとえに皆に迷惑をかけたくないという思いから。自分が邪魔なお荷物にはなりたくなかった。そして、要らぬ心配をかけたくなかった。だからこそ、ちょっとの我慢だと思って無理をしたのが、かえってそれは逆の効果しか生まなかったらしい。今、自分が床についているいるのが、そのよい証拠だ。
(結局、みなの足を引っ張っちゃたんだ。)
そう思うと情けない気がして、自然と謝罪の言葉がかごめの口から零れ落ちる。
「…ごめん。」





かごめが無理をしているのを、犬夜叉は知っていた。
自分の本来居るべき世界と、それとは全く異なるこちらの世界を行き来し、失せもの――四魂の欠片――の噂を聞けば欠片を求めての旅の道中ばかりが続く日々。いかに慣れてきたとはいえ、旅慣れぬ身には、さぞ負担が大きいだろう。彼女の身を最優先に考えるならば、本来の世界へ還すべきである。それこそが正しいことであると――頭では理解できている。

(けど、俺が厭なんだ)

本気で娘を井戸の向こうへ還そうと思えば、それは然程むずかしいことではない。
こと犬夜にとっては容易なことだ。
要は、こちらとあちらを繋ぐあの井戸を壊してしまえばいい。跡形もないほどに。そうすれば、いかに彼女がこちらへ来たがったとしても、来ることはかなうまい。
しかし、それは自分が耐えられない。
無理矢理にでも還せるのも知っていて。それでも彼女の言葉――いっしょに居てもいい?――に甘えてしまっている。それが為に、ずるずると彼女を泥沼な関係の中に置いている。そうと承知していても、

(……手離したく…ないんだ…)

過去、母と彼の巫女以外では人にも物にも執着したことなど無い犬夜叉だったが、かごめだけは違った。
彼女だけはどうにも諦めることができない。
自分の執着や我侭が、彼女を振り回し、結果的に今回のような事態になっても、それでも「傍にいて欲しい」と思う。なんと、自分勝手で都合のいい浅ましい考えであることか。無理をさせているのは自分であるのに。
「…謝るこたあねえ、気にするな。」
そう言いながら少年は、娘が被った衣を口元まで引き上げると、自分の手を娘の額に寄せる。
「まだ、…だいぶ熱があるな…。」
いかに何時も元気良く快活そうに見えても、所詮は娘は人間(ひと)の身である。多少の無理や我慢ならどうということはなくても、積もり積もれば、いずれそれは顕著に現れるものだ。たとえば先刻のように、無理がたたって倒れるとか。
とつぜん意識を無くしたかごめの体を抱いたとき、自分がどれほど狼狽し顔色を無くしたことか。失う恐さにぞっとしたか、そのときの心境を、きっとかごめは知るまい。
身を起こそうとし目覚めた彼女の様子にほっとする反面、どうにも押さえきれない怒りもふつふつと湧いてくる。それは、人のことには一生懸命になるくせに自分の体をあまりにもいたわろうともしない本人に対してのもの。それと、それ以上に彼女の不調に気付いていなかった自身に対する怒り。
過去、自分が心から望み、欲したものは尽く目の前で消えてきた。
一度とて、この手に得られたためしは無い。
母にしろ桔梗にしろ、いつも最後は淡雪のように己の目前で儚く消え逝くのだ。
あっけないほどに。
かごめがそうならない保証など、どこにも有りはしないのだ。
それがどうしようもなく恐い。
理性でどれだけ宥めすかそうとしても、この恐怖心ばかりは容易に制御できない。
今回のように疲労がたたって倒れるくらいで済めばいいが、そうでない最悪の事態にでもなれば、そう考えると…。犬夜叉は、まるで忌わしい想像を振り払うかのように、ふるふると頭を振った。
(失うのは嫌だ、でも離れるのも嫌だ。)
なんでも悪い方へ悪い方へと意識が向くのは良いこととは言えない。
しかしながら、それは彼だけの責とは、けして言えないだろう。過去の体験があまりにも辛いことが多かったゆえに、自然とそう考えてしまうのは仕方のないことでもあった。
真珠色の銀髪が、さらりと娘の頬にかかる。
熱で動きが緩慢になりながらも、かごめは空いた手をゆっくりを上へ移動させる。
自分の額にのっかった、彼の大きな手にそうっと触れた。
「…犬…夜叉…、震えてるの…?」
いつから、この手は震えていたのか。
かごめに指摘されるまで、犬夜叉は気付きもしなかった。
「な、なんでもねえ。」
どもりながらも咄嗟に手を引こうとしたのを、きゅっと掴まれる。
「ごめんね、心配かけちゃって。」
「………」
「すぐ…、元気になるから。」
熱に浮かされた目。
けれども、黒曜の深い色が彼に優しく微笑む。
視線が外せない。
「…あたしは大丈夫だから…ね?」
こんな状況でも、彼女が想うのは他人のことばかり。
いつも、いつも、いつも。
(なんで俺なんだ。)
自分のことなどほおっておけば良いものを…。
(いや、本当はかごめに気にかけてもらえるのが嬉しいくせに。)
相反する感情が彼の胸の内を交差する。
こんな状況にも関わらず、自分を思ってくれる娘を愛しいと想う。
けれど、彼女は自分と関わらずにいれば、こんな目に遭うことが無いのも事実だ。
犬夜叉自身、体の不調を感じることは殆どない。それは、なんといっても半妖とはいえ、彼は父親の血を色濃く受け継いでいる。それが為にそこいらの妖怪よりも、よほど頑丈にできている。だが、それでも遠い記憶の彼方。幼き童でしかなかった頃には、今のかごめのように床に臥せって熱に苦しんだ事もある。そんな辛い状態をかごめに、直接的にではないが、間接的には自分が与えていると言っても等しいのに。
(なんで、おまえはそうなんだ。)
彼をなじるでも非難するでもなく、苦しいとも辛いとも言わず。
ただ、俺を心配して…。
「………犬…夜叉?」
黙り込んだまま、うんともすんとも言わぬ彼の名を、娘は呼ぶ。
「……すまねえ…」
長い沈黙の後に紡がれたのは謝罪の言葉。
「…なんで犬夜叉が謝るの?」
それでも、彼は繰り言のように幾度か同じ言葉を繰り返す。
そして、気付いてやれなかった、と蚊の鳴くような声で呟いた。
(…気付イテヤレナカッタ…)
それは自分の体調のことを指して言ってるのだろうか。
もしそうだとしたら、それは違う。
なんといっても無理をしたのは自分なのだ。
彼に非があったわけではない。
「…ちがう、犬夜叉。あんたのせいじゃ…」
「俺は…っ!」
二人の声が重なり、一瞬、両者とも息を止めた。
「…俺は……」
どんどん小さくなる声音。
彼はどこか悲痛な面持ちで、彼は続きの言葉を口にした。
それは、聞こえるのか聞こえないかのぎりぎりの大きさ。
俺ハ…オマエガ居ナクチャ駄目ナンダ…
彼の言葉に娘は目を一瞬おおきく広げた。
かごめはゆっくりと目を閉じて、彼の袖を引っ張る。
「…かご…?」
「…それは、あたしだって…そうだもの。」
「………?」
「…あんたが居なくちゃ…厭なの。…だから、あたしは此処に居るんだもの。」
間抜けな顔をして吃驚した様子の彼に、娘は目を閉じたまま言った。
「……でも、もしすまないと、わるいと思うなら、あたしのお願い…聞いてくれる?」
「……なんだ…?」
なにか無理難題でもお願いされるのかと、ひやりとしかけて、娘の言葉に目が点になった。
「…抱きしめてくれない?」
「んな!?」
かちんこちんと音をたてて固まってしまいそうな彼の様子に、かごめはため息をついた。
「…そんなに嫌がらなくても………。」
「ば、莫迦! 嫌なわけじゃねえ。…っていうか、何言わすんだ!?おまえっ。」
顔を赤くしたり青くしたりと忙しい彼にかごめは容赦の無い言葉を投げる。
「…厭なの、厭じゃないの。どっち?」
「厭とか厭じゃねえとか、そーいう問題じゃねえだろ。」
「…誤魔化さないで!」
じいいいいいと潤んだ目が、金色の目を見つめる。
う、う、うう〜。彼女のこんな目には自分はからきし弱いというのに。
……………………………………負けた。
「…厭…じゃねえ…よ。」
彼に言葉に娘の表情が嬉しげに、そしてふうわりと優しく変化した。
「…あの…ね、熱でだるいけど、…すごーく…寒いの…。」
「ああ?」
「だから…ね、あっためてくれると嬉しいんだけど……。」
娘は、倒れた原因の熱とは、また違う種類の熱で頬を朱に染める。
半妖は、最初は娘と同じように朱に染まったのだが、よくよく彼女の言葉を反芻し、その本当の意味することに気付いて、実にイヤそうな顔をした。
「…それは、俺に”湯たんぽがわり”になれって、そーいうことかよ?」
「…だって、…寒いんだもんっ!」
「おまえなー。」
「…さっき、厭じゃないって言ったでしょう。」
娘の無言の微笑みが、彼に無言の圧力をかけた。
「……わかった…。」
彼は観念した、という風に首を竦めると緋の衣の裾を持ちあげ、するりと彼女の寝所へ入ってくる。病人に対しては、いささか乱暴とも思えるような大振りな動作で照れを押し隠そうをしているのはばればれだが、彼は娘の身体を自分の腕の中へと囲い込んだ。
娘の身体の細さに内心どぎまぎしながらも、彼はかごめが苦しくないよう加減をして抱きしめた。
かごめの優しいいい匂いに酔いしれそうになるのを、理性を総動員して堪えながら、いくぶん掠れ気味の声で腕の中の彼女に話しかけた。
「これで、…文句ねえだろが。」
「…………………………………………………………………………。」
「????」
返事が返ってこないのを不審に思った犬夜叉が、腕の中の彼女を見遣る。
すると、人肌のぬくもりに安心したのか、よほど疲れたいたのが出たのか、かごめは無防備な顔で眠りに落ちた様子が見て取れた。
べつに明確になにかを期待していたわけではなかったが、どこか拍子抜けしたような感覚。残念に思ってしまうのは事実だが、あどけなく眠る寝顔に、犬夜叉の頬にも我知らず薄い笑みが零れた。
「ったく、おまえにはかなわねえよ。」
俺をここまで振り回すのは、かごめだけだ。
酷く不安を誘うのも、こんな風に自分を優しい気持ちにさせるのも。
たった一人。
一人だけだ。
























    おまけ

*ちょっぴり大人向けなので反転させて読んでください。なお、苦情は一切受け付けません。各自の責任で御覧ください。




その後…。

****************
ぼんやりと霞む視界。
半覚醒で見る光景は、夜が明けた直後らしく、いまだ薄暗い状態だった。
夜の闇はとうに失せているが、それでも仄暗い視界の中、もぞりと少女はみじろぎする。
顔に触れる空気の冷たさは感じるのに、体は不思議と寒くは感じなかった。
(へんなの。いつもならもっと寒いのに…)
そう思いながら、朝日がもう少し顔を覗かせるまでは、あとちょっとだけうとうとと微睡んでいようと、寝ぼけまなこをゆっくり閉じかけようとしたのだが、だんだんと少しずつ仄暗さに慣れてきた目が、目の前に映るものを認識した途端、少女は、ぴしりと音を立てるように固まった。
仄暗かったのは当たり前だ。
彼女は”なにか”に包まれていた。
否、それはなにかではなく、人の形をした少年。
女の子が見たら十中八九は羨まれるような、さらりとした豪奢な銀髪。
それが、少女の頬にかかっている。
……ということはだ、つまり、その。
互いの顔が急接近してるということで。
更に言うならば、体もしっかりきっちり彼に拘束されちゃっている。
上部は背に回された彼の腕のラインを体全体で感じる。
足の方も絡まった状態で、下手に動くのもなんだか気恥ずかしい。
距離を取ろうと彼の胸板を軽く押してみるが、軽く抱かれているわりにしては、彼の拘束はちっとも緩むことなく、少女はその場所から抜け出せないでいた。
…どうしよう、困った。
思案の淵に沈んだ少女を前にした少年は、ううんと小さく唸ると金色の目をぱちりと開いた。
目と目が合う。
視線が絡まる。
彼の口が、彼女の名前の最初の一音を口にしようとしたその瞬間。
「…おはよ…」
もごもごと、常の彼女らしくない歯切れの悪い様子で呟かれた言葉。
「…………おう。」
「…ねえ。あの…さ…」
「うん?」
少年も少女同様に少し寝ぼけているので――最初は寝ずの番をしようとしていたのだが、いつの間にか一緒に眠りに落ちていたらしい――どこか口調も優しい印象だ。
「腕、解いてくれない?」
恥ずかしげに目を伏せる少女に呆れたような声音が少年が答える。
「………おまえなあ、自分から言い出しといてそーいうこと言うか。」
「は?」
目が点。
自分から言い出しといて…って。あたしなんか言ったけ?
昨夜の熱の譫言でなにを言ったのか思い出せないかごめは、思いっきり不思議そうな顔をうかべる。
「だから、おまえが”抱いてくれ”っつったから、こうしてるんだろが。」
少女の顔は、瞬間湯沸かし器のように一気に熱が上昇した。
頬は瞬時に桜色をとおりこし朱色に変じる。
「嘘っ、あたしそんな事言わないわよっ。」
「嘘じゃねえ、ぜってえ言った!」
「言ってないってば。」
「言ったっつってんだろ!」
「もう、いいから離してってばっ。」
犬夜叉の堪忍袋の緒が、ぷっつりと切れた。
「いやだ。」
強い意志を感じるような、気圧されるような一言を少年は告げた。
ぎゅうと拘束が強まり、少女は彼の腕の中へと抱き寄せられる。
彼の白の襦袢越しに感じる、互いの体温があたたかい。
すっかり腕の中へと閉じ込められて、少しだけ拘束を逃れた頭部の耳元には彼の口元が寄せられた。
「ちょっ、犬…」
「少しくらい褒美をもらってもいいだろう。」
「…褒美?」
「なにもせずに、”湯たんぽがわり”をしてやったんだ。」
平然と自分の権利(?)を主張する彼に、目が点になって二の句を告げないでいる少女の沈黙を、彼は了承と受け取ったらしい。
ちゅっ。
湿った水音を立てて、彼は彼女の唇を貪った。
歯列を広げその合間に舌を差し入れると、彼女のそれを捕まえ、深く絡めとった。
互いの鼓動も熱も上昇の一途を辿る。
少女の細い腕が彼の背なへとまわり、白襦袢の衣をキツク握りしめながら、ようやく、昨夜の自分の発言と思い出して、すこし後悔した。まさかこんな御礼を要求されるとは思っていなかったので。
でも、自分でも認めるのは悔しいのだが。
こうして抱かれているのも、深い口付けを受けているのも、自分は困ったことだとは思っていない。
むしろ、その逆というか。
(嗚呼、…困った。)
このまま流されると、最後までいってしまいそうになるのだが、もうすぐ日の光があたりに満ちて、外はじきに明るくなるだろう。そんな時間帯に……というのは、正直、困る。
誰かに見られでもしたら余計に困る。
さて、どうしよう。か
そう心の中で呟いて、明ける朝日を彼の肩ごしに見ていた。<