01好奇心(VER かごめ



 最初にソレを見た瞬間、あたしの視線はそれに釘付けになった。
 何故そうなったのかなんて巧く説明できない。
 ただ、あたしはそれに触ってみたくて仕方なかった。
 それだけである。
 よくよく考えればもっと他の事に目を向けても良さそうな状況だった。
 いくら頭を巡らせても自分を取り巻く環境は奇異に違いない。
 なにせ、落ちた井戸をあがってみれば屋内であるはずの井戸の祠がない。
 のみならず、自分の家の敷地内であるはずなのに、あるべきはずの見慣れた神社が存在しない。加えて目の前に広がるのは、どう見ても現代とは到底思えないような自然の山奥のような風景。しかし、そんな見慣れぬ景色の中で唯一自分が知るモノが視界に入った。

 ――御神木!!

 緑茂る木立を少女は走り抜けた。
 がさがさと行く手を遮る木立を掻き分け目的の場所へと飛び出ると、自分が見知るよりもまだ若いがそれでも十分に大樹の部類に属すであろう御神木が見えた。
そして、その大樹を背に目の前で眠るように立ち尽くす少年の姿も同時に少女の視界に飛び込んで来る。
 歳月を経るほどに絡みついたのだろうと思われる木の根。他にも近場に群生していたとおぼしき蔦やらに、その身を封じられた彼。目にも鮮やかな緋色の水干の胸元には、朽ちかけた一矢が深々と刺さっている。どこからどう見ても、尋常でない、と感じるであろう姿。
 …なのに、少女にとって其れらは瑣末な事に過ぎなかった。
 そんなことより、かごめは自分の心に沸き起こった衝動―『ソレに触れてみたいという純粋な想い』―ゆえに、ただひたすら真っすぐに黒耀の瞳で目の前の少年の頭部を注視する。
 杜の奥深くに茂る新緑の葉が、さわさわと葉擦れの唄を奏でる。
 戦国の世にありえない色彩――一見すると白雪と見紛う彼の銀糸の髪――でさえ、かごめにとって恐怖の対象にはならない。畏怖するでも嫌悪するでもなく少女が持った感情はといえば、ただ純粋な驚きと、未知のモノに対する強烈な好奇心。

 かさり。

 落葉した下葉を革靴で踏み締め少女は御神木へと近寄る。足場の悪い根元を軽々とした足並みでのぼってゆく。目の前の彼が目を醒ますかと、一瞬躊躇しそうになるがソレを求める腕の動きは止まらない。

 ふよ。

 人肌の熱を宿した柔らかいソレ。

 ふよふよふよ。

 己が手の内の感触は、最初に見た時に想像していたものと寸分違わず、すこぶる気持ちのいいものだった。

ふよふよふよふよふよ。

 嗚呼、なんて気持ちいいのだろう。
 めずらかな銀糸の頭部から、にょきと生え出る真白な犬耳の感触をかごめは暫し堪能していた。―が、はたと我にかえる。いくらなんでも、これだけ触り放題で当の本人――名も知らぬ少年なのだが――が微動だにせぬのはおかしくはあるまいか?
 否、十分おかしいだろう。
 両の目を堅く閉じたままぴくりとも動かぬ少年の様子に少女は内心首を傾げ、手の中のめずらかな感触を惜しみながらも、渋々といった呈で密接しかけていた身体を離す。そして、初対面の少年の面(おもて)に視線を走らせかけた矢先…。
「そこでなにをしている!?」
 鋭い叱責に似た怒号が浴びせられた。
 と同時に耳元を射かけられた矢がカカカカッと過ぎ去る。
つうううううと冷や汗が背を伝い、かごめの身体は硬直した。


***

これが、彼と彼女の一番最初の出会いの場面(シーン)であることを、まだ誰も知らない。長い長い戦国の世を舞台にした、半妖と少女が織り成す御伽草子はこれより始まる。互いが織り成す縦糸と横糸は、はてさて如何様な模様を描くのか。