01好奇心(VER 犬夜叉)




 一言で言えば『変わった奴』。
 それが目の前を歩く娘に対する少年の嘘偽りない感想である。
 何の縁【えにし】か、つい知り合ったばかりであるこの娘。
 ひょんな事から共に旅路を往きながらの失せもの探し―飛び散った四魂の玉を一つの玉に戻す為の欠片探しとも言う―をするようになったのだが、この娘といるとどうにも調子が狂う。
 見かけこそ自分を封印した彼の巫女に生き写し。
 しかし、それとは裏腹に中身はまるで違う。
 そう。
 いままで対峙してきた人間の誰とも違う反応を彼女はする。
 この鋭い爪の切っ先で襲いかかってなお、彼に笑いかけた人間はいない。
 だいたい自分を襲うような輩にへらへら愛想笑いするような奴がどこにいよう。よしんば居たとしても、それは表面上のものでしかないし、それは至極当前の事だ。
 狂犬のような相手を前に上っ面ではなく裏表のない純粋な笑顔などを見せるわけがないのだから。
 なのに、この娘は平然と笑いかける。
 妖【あやかし】を目の前で屠ったこともある。
 人家を人間離れした馬鹿力でもって壊した時も、娘は見ていた。
 その惨状を見ていたはずであるのに。
 それなのに。

 ――犬夜叉。

 名を呼ぶ声に恐れや畏怖や嫌悪などという感情は感じない。
 ごくごく普通に、そうすることがさも当たり前のように娘は半妖の名を呼ぶ。
 何の気負いもなく平然と呼ぶ。

(何故、どうして。)

 そんな言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 俺にはなんの関係もない娘。
 今は玉を一つに戻すという目的があるため仕方なく同盟を結んでいるのに過ぎない。欠片の在り処を察知するという娘の特異な才は、四散した欠片を探す出すには欠かす事のできない希有な力だ。その力に価値を見いだしたからこそ、自分は不承不承ながらも人の娘と旅路を往くのだ。
 其れ以外の意味において個人的にその娘には価値は無い。
 そのはずだった。
 興味の引かれる事由以外について自分はこれといった関心を持たぬ主義だし、実際今迄そうだった。
 人のことをとやかく詮索するつもりもない。
 別にどうだって良かった。
 しかし、
 しかしだ。
 娘の言動、行動は全て彼の思惑外のことばかり。
 普通の人間なら、化け物じみた馬鹿力に、やはり人外でしかありえない奇異な容姿―銀髪、金目、獣耳―はそら恐ろしいのだろう。
 関わりあいになろうとする馬鹿はまずいないし、まして仲良くしようなどと友好的に接して来るものは皆無に等しい。
 視線を合わすと何をするのか解らぬというように、目を合わすこともまずない。明らかに脅え尻尾を巻いて逃げていくか。逃げる気力も無くその場に崩れ落ちてガチガチ歯を鳴らして呆然自失の呈に陥るか。それとも化け物退治をするつもりなのか、自分の力量も解らずに向かってくるか。
どちらにせよ、好意的でないのだけは確かだ。
 そういった反応には経験上慣れているので今更何を思うでもないのだが、そうでない反応には対峙したことがほとんど無いので少なからず困惑する。

 ――お前は、俺を怖いとは思わねえのか?

 常々、抱えていた疑問だ。
 何度も問いただしたいと思っていたのも悔しいが事実だ。
 ふとした拍子に、心の中で呟いたはずの言葉が口から零れ落ちたのに気付いたのは、振り返った娘が問いに対する返答を口にしたその時だった。
「怖いけど怖くなかったわよ。」
 けろりと返された言葉。
「…………………………………………………………?」
 半妖は数瞬、目をぱちぱちと瞬かせたのち言葉の意味を反芻する。
 そして、常よりもなお難しい表情(かお)をして眉間の皺をぐっと色濃くした。
 怖いけど、怖くない…って一体どういう意味なんだ。
「意味わかんね。」
「だから。怖いけど怖くなかった、ってこと。」
「…?」
 回答になっているのかいないのかよく解らぬ返事をした娘だが、なおも難しい顔のままの半妖に苦笑しながら最前の言葉を補足するように、こう付け加えた。
「吃驚もしたし怖い思いもしたわよ。でも、あんたってば物とか家とかはホント盛大に壊したけど、人を傷つけたりはしなかったでしょう。」
 それは偶然だったのかもしれない。
 しかし、あれだけ妖【あやかし】と派手に暴れ回った割には、家屋の損壊の酷さに予想されるような人死がなかったのも事実だ。妖――百足女郎とかいったか――が襲った村人を除けば、彼が故意で傷つけて怪我を負った村人は居なかったはずだ。
「それは………偶々だ。」
「そう? じゃあ、まあそういう事にしておくわ。」
 意地っぱりだなあ…と娘は内心思うのだが、ここ数日のつきあいの中でなんとはなく解ってしまったことがあるので、あえて否定はしない。
 目の前の半妖の少年は、確かに口が悪いのだが、それに似合わず心根は意外と素直らしいと薄々気付く節があったので。
「とにかく、あたしはあんたを信じてるから。」
「は?」
 話が明後日の方角へ飛んだものだから、半妖はすっとんきょうな声をあげる。
「あんたはあたしを信じてないかもしれないけど、一応は旅の仲間なんだし仲良くしよ? それには信頼関係がなによりも大切だと思うの。でもだからって、信じてくれ!っていきなり言われても無理だと思うから。とりあえずあたしが先にあんたを信じる。……信じないと信じて貰えないしね。」
 黒耀の真っすぐな目が、じっと金目を見つめる。
 半妖は、予期しない娘の言葉にぽかんと口をあけた。
そして、とりあえず娘はそれ以上説明する気がないらしいと判じると、がりがりと銀髪を無雑作に掻き乱す。
「おまえ、変。」
 そう小さく呟いた彼の声を、かごめはしっかり拾った。
「そう? でも、これがあたしだもん。あんたに変だと言われようが思われようが知ったこっちゃないの。」
 そう平然と返すと、少女はくるりと背を向けてすたすたと道を歩き出した。
 その背を少し後方から追いかけながら、やはり少年は思う。
 変な奴だ。
 まるで俺が人を傷つけたりしないようなやつだとカンチガイでもしてるのか。
 確かに自分が手をくだした中で人死も怪我人も出しちゃいねえ。
 あくまで屠ったのは妖【あやかし】どもだけ。
 だからと言って、人を殺める行為が自分にとって禁忌というわけではない。
 ただ、後味が悪い。
 それだけだ。
 それに意味なんかねえ。
 けど、こいつはそうは思っていない…のか?
 変な奴。
 変な奴。
 俺を「怖いけど怖くない」という変な娘。
 興味を引かれた、という程ではない。
 が、妙に気にかかる。
「あ!」
「なんだ。」
 いきなりの娘の叫び声にぴたりと動きを止める半妖。
 聞こえぬモノを聴こうとするかのような真剣な様子の娘の唇から零れたのは…、
「四魂の欠片の気配。あっちから感じる。」
 最前まで考えていた思考は、途端に頭の端へと追いやられる。
 四魂の玉。
 本物の妖怪になるための唯一の希望。
 ざっと緋の衣を翻し、かごめを己が背なに乗せると彼女も心得たもの。
「近いわ、あの方角。」
 指を指し示し、自分たちが行くべき場所へ導く。

***

 まだ心が通い合っているわけではない。
 心から信頼しているわけでもない。
 けれど、互に歩み寄る最初の一歩はたしかに踏み出された。
 これはそんな一瞬のお話。