暗闇と柔らかな光


今のこの生活がもしかしたら夢なんじゃないか、
と時々胸を覆う不安に捕われることがある。
いい知れぬ不安の根源は今ぼくが手にしている幸せゆえ。
ようやく手につかんだ「しあわせ」が、いつかこの手から砂のように零れ落ちてしまうことへの恐怖。
いま現実だと思い込んでいるこちら側が実は夢の中の出来事で、本当の自分はいまだ蜘蛛の巣まみれの天蓋付のベッドでたった一人眠りこんでいるのではないか、と実に莫迦莫迦しいけれど臆病な自分は最低最悪な出来事を考えて震えている。
ほんとうに莫迦みたいだ。
なにをそんなに不安に思う必要があるのさ。
彼女のおかげで火の悪魔との契約も無効と化した。
自我を保てず魔王に堕ちる未来も、もはや遠い過去だというのに。
深夜、眠りに就く直前の静けさの中で。
我ながら莫迦だなあと自覚しつつも、これが夢ではない証拠を実感するべく隣に眠るあたたかい君に手を伸ばす。
彼女の名を小さく口にしてあたたかな身体に触れて、ぼくはようやく安堵して眠ることができる。
このぬくもりが夢なはずがない。
彼女は夢幻の存在ではない。
ぼくが待ち望んだ、
ぼくだけの、
大切な守るべき君。

「……ソフィー。」

安らかに眠る彼女の身体に腕をまわし、そうと腕の中に抱き寄せた。
彼女からは微かに石鹸の香りが漂ってくる。
規則正しく刻まれる呼吸。
胸元に擦り寄ると、とくんとくんとやさしい心音が耳に届いた。

「ソフィー」

心臓を無くし心を無くしたぼくに熱いハートを戻してくれた君。
綺麗好きで掃除好き。
お節介でお人好しで純粋でなにごとにも一生懸命で。
涙脆くて怒りっぽくて、そのくせ誰にでも優しく、誰でも愛することのできる君。
そんな君が、
ぼくの手をとってくれるだなんて……!
嗚呼、信じていたさ。
あの時の言葉を。
一瞬の邂逅に、君がぼくにくれた言葉を。

『未来で待ってて!』

待ってた。
待つのみならず、ぼくから探したさ。
銀髪の娘さんを目にしては君かと思って声をかけた。
そして、そうでないと判って何度も酷く落ち込んだりもした。
ぼくの生きてきた半生、君に費やしたと言っても過言ではないはずさ。
でも、だからといって。
まさか誰が思う?
君のその手がぼくを選んでくれるだなんて、ね。

「……ハ…ウル…」

彼女の小さな寝言に彼はひどく優しい顔になる。
その声には、いとおしい者を呼ぶ響きが感じられたから。
ぼくは彼女にこんなにも愛されている。
ほこほこと胸の奥から熱いなにかが溢れるのを彼は感じた。
さっきまでの寒々とした恐怖とは無縁の、反対方向のもっとあたたかいやさしい気持ち。

ねえ、ソフィー。
そう心の中で呼びかける。
ぼくを選んでくれてありがとう。
ぼくをすきになってくれてありがとう。


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補足:
誰でもちょっとは経験あると思うんですけど、寝る前の暗闇の中でふと心に浮かぶ疑問<今自分が自覚している世界は本当に現実世界なのか?>をちょっとシリアスにハウルが悩んでるという。
それだけの短い話です。ソフィーの存在に癒されて安心して寝ちゃいますが。←きっと翌朝目が覚めた時には忘れてる。
ただ、本音を見せるソフィーにすらもこーいう葛藤はなるべく隠してそうな感じがする。<うちハウルは
2005/05/16