「きみと結婚する男は、幸せになれるんだろうな」 「心から愛されて、家族でみんなで幸せになれるんだろう。 その幸せは僕のものにはなり得ないのかな」 wish(願い) いつか僕が君に言った言葉だ。 偽りとはいえ伯爵という肩書きを持つ自分が言うには、随分と庶民じみた願いだろう。 それは愛している人と結ばれること。 しかし、一般的な貴族階級の人間が考える結婚観とそれはあまりにもかけ離れているとも言える。貴族の人間が結婚に望むものは断言してもいいが愛情ではない。家柄と家柄を結ぶ政治的な意味合いが強いからだ。貴族にとっての結婚というのは愛し愛されて結ばれることではなく、よりよい家柄・血筋を取込み一族を繁栄させるもの。子供さえ作れば夫婦であってもそれぞれに愛人がいることだって日常茶飯事。実際、自分自身がその愛のない結婚によって生まれた人間だ。そして愛情も絆も稀薄な家族であったがために、逆上した実の父親に猟銃で殺されそうになった苦すぎる記憶もある。 もし本当に愛し愛された両親の子供であったなら、実の息子が厭わしい宿命を持っていたとしても不利益を与える存在だったとしても、自分の手で亡き者にしようなどとは考えないだろう。 これが彼女の両親たちだったらと想像してみる、……きっと死んでも子供に手をかけたりなんかしない。むしろ反対に命がけで守ったに違いないだろう。だって彼女を見れば分かる。 そういう心から信頼しあい愛し合った両親が今の彼女を形成しているのだろうから。 僕が願うのは、どんな自分であっても受け入れてくれる存在。 そう、君が気付かせた。 他でもない君が。 本当に何も望んでいなかったんだ。 希望も夢も将来の未来も。 かつての僕という人間は、復讐を遂げる野心はあっても自分自身が幸福になりたいという考えはなかった。 それは自身の未来についての展望など持てようはずもなかったから。 プリンスの影響力は強大でなんとか彼の支配下より逃げ出すことは出来たけれど、共に逃げた数少ない仲間は時が過ぎるほどに一人また一人といなくなり、結局エドガーの元に残ったのはアーミンとレイヴンの二人だけ。 彼の手から逃れるための唯一の方法は青騎士伯爵の地位を得ることで、それが手に入らないならばあの馬鹿げた頭のいかれた奴から一生死ぬまで自分の身を狙われることになる。 冗談じゃない。 誰があんな奴のいいなりになるものか。 仲間を死に追いやった張本人を僕自身の運命を狂わせたあいつを絶対に許さない許せない。 僕の血筋があいつの理想にとても近かったという、ただそれだけの理由が僕の未来も何もかも。 そう、まさに何もかもを奪ったんだ。 生家も家族も愛情も夢も希望も未来も。 だからいつか必ず殺してやると誓った。 この身がどうなろうが刺し違えて死んだって構わない。 それで少しは死んでいった仲間だって浮かばれるというものだろう? でも、自虐趣味があるわけではない。 僕だってむざむざ死に急いでいるわけじゃない。 ただ、それくらいの覚悟がないと奴に対峙するのは実際難しい。 そんな気持ちで今まで生きてきた。 そうして此処にいる。 アシェンバート伯爵という肩書きが今の僕だ。 でも、 今はかすかに願う僕がいるんだ。 こんな汚れきった僕でも、自分自身ですらもう本当の僕はいないのかもしれないと恐怖する時もあるけど、それでも君が言った言葉に縋りたい。 大半は変わってしまったかもしれないけれど”本当の僕はちゃんと此処にいる”のだと。 変わってしまった部分があっても、変わらないところもあるのだと。 『昔の僕は知らないけれど今の僕は嫌いじゃない』 と言ってくれた。 君の言葉を信じたい。 そんなふうに、 僕の駄目な部分もどうしようもない悪党な部分も そうならざえるを得なかった過去も すべてを知ってなお拒絶しないで受け止めてくれる のみならず自分の身の危険も顧みず助けてくれる君と、 いつか…。
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